「また会えるかな?」

先日、地下鉄で気になるお兄さんを発見した。
緑のニットにスキニー、おしゃれな靴を履いていて、齢は20代後半くらい、といったところだろうか。シンプルおしゃれな容貌もさることながら、食い入るように新書を読みふけっているその姿が印象的だった。トータル的になんだかとても格好良い雰囲気だ。
地下鉄が各駅に止まろうとも、綺麗なお姉さんが前を通ろうとも、彼は何物にも目をくれず取り憑かれたかのようにその本を読みふけっていた。私と同じく終着駅まで辿り着き、皆が地下鉄から降りていく中でも、彼は座席に座ったまま読書をやめはしなかった。
何かに熱中する人に、私は無条件に惹かれてしまう傾向にある。本の世界にのめり込んでいるお兄さんもその範疇にあり、どうにもこうにも気になって少し後を追いかけてみたいと思った。人気のなさに気がついたのかようやく座席から腰を上げたお兄さん、その後ろを歩調を合わせながら追いかけていく。驚くことにお兄さんはエスカレーターの上でもまだ、本を読み続けていた。

よっぽど面白い本なのだろうか。こうなると、お兄さんそのもの以上に、お兄さんをそこまで魅了して止まないその本自体が気になってくる。彼は村上春樹の世界にでも夢中になっているのだろうか。それとも、実は理系男子だったりして物理学の理論でも楽しんでいるのだろうか。はたまた、宇宙の話か、生物進化の話か?!ここまでくると完璧にもう妄想の世界だ。自分の中で理想のお兄さん像を作り上げ、うはうは興奮してみる。
改札の手前まで来てようやくお兄さんが本から顔を上げ、ぱたんと本を閉じた。「あ…。」ぴっちり後ろをつけていた私にはその表紙とタイトルがしっかりと見えた。

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)

…へぇ。
ばかにしているのではなく、私の妄想をも飛び越えた意外性にかえって胸キュンしてしまったという話。